日本とアメリカ

最終更新: 2019年1月22日

 日本のスポーツは練習を鍛錬、修行の場と位置づける傾向にあり、アメリカなどの西洋ではトレーニングと位置づける。よって日本の場合、耐える、我慢をすることに重きを置き、いつしかそれが目的化されてしまい意味のない事に対しても意味をつけるという流れになってしまう。そして、それらが日本独特の文化、道徳観、宗教観と結びつき、行き過ぎると体罰へと発展する。一方、アメリカではトレーニングに対して栄養、休養、ケアも含めた総合的な考え方をする。分業という考え方も持っているのでその専門家に任せたりもする。根底にある考え方は「いかに楽して成果を上げることができるか」があり、これに対して日本のように宗教観が入らないのでそれを「正しい」と答える。逆に言うとこの楽をするという考え方に対して「正しい」となるからアメリカは様々なことや、ものが発展しているのである。世の中のものはめんどくさいものから楽なものへ、これで発展していることは間違いない事実なのである。今時、洗濯板を使う人はいないであろう、歩いて隣の県までは行かないであろう。それは大変だからである。日本の時間あたりの生産力は先進国でも下の方だ。時間をかけたから良いものができるという宗教観はもうやめよう。人生は陶芸ではない。それよりもいかに時間あたりの生産力を上げるか、これが今の時代である。世の中のスピードは30年前に比べ遥かに早くなっているのだから・・・。



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